3:俺と謎の女 - 1/3

 朝の七時前。

 結局、親父は戻ってこなかった。
 乾パンを雑に頬張り、ゼリー飲料でそれを流し込みながらどうしたものかと頭を捻っていた。腹が減っては戦はできぬと言うし、仕切り直しという意味で腹ごしらえをしてみたのだが。

「ダメだ。このまま待っていても親父は戻ってこないような気がする」

 ここからなら家に戻るという選択肢もあるわけだが。
 昨日話していた感じから考えると、親父が家に戻ったという可能性は極めて低そうだ。かと言ってここに戻ってくる様子も無い。
 本当なんだよ、あのオッサン。四十半ばで迷子かよ? まさか、あのなりで誘拐されるわけもないしな……心配っちゃ心配だが、それもまた違うというか。人をここまで振り回しておいて、この複雑な心境をどうしてくれる。

 連絡手段として親父の荷物の中に携帯式無線機を入れていたはず。いや、一緒に行動していたらまず使わないだろうと思って、二台とも親父の荷物の中ときたもんだ。意味がねぇ。
 うーむ。これは困った。
 とは言え、勝手にいなくなったのは親父の方だし、それに対して自分が何かしら行動をとったところで、どうこう言われる筋合いは無いしな。

「……ひとりで進んじまうか?」

 別に素知らぬ顔で家に戻っても良かったのだが、この非日常な環境がその選択をさせなかったのかもしれない。何より自分の中に、このまま先に進んでみようという気持ちがむくむくと湧いてきていたのだ。

 よし。置き手紙を書こう。
 荷物の中からペンとメモ用紙を取り出して簡単な置き手紙を書き、その上に石を乗せて焚き火の近くに置いた。

「俺はこのままインに向かいます、チクワ、と。これで万が一親父が戻ってきても大丈夫だろ」

 あの親父のことだ。野垂れ死ぬことは無いだろうし、今更ちょっと予定外の事態になったところで適当に納得してくれるだろう。
 自由気ままな親父の事なんざ俺はもう知らん。
 むりやり自己納得すると、気持ちを切り替えることにした。

「さて、と。そうと決まれば外に出るか、このまま洞窟を進むかだが」

 日も昇っているし外に出て進んでも良いだろう。
 乗り物さえあれば間違いなく外を選択していたところだ。ただ、昨晩の天候の変わり具合は気になるところ――。
 それに、この洞窟はここに来るまで特に入り組んでいるということが無かったのだ。完全な一本道では無くても、自分の進んでいる方向を見失う事はなさそうな程度である。
 地図を見る限り、洞窟をまっすぐ突っ切った方がインに近道だしな。最悪、戻ってくればいいし。
 ここで気持ちは、このまま洞窟を進んでみようかという方に完全に傾いた。

 再びライトを巻き直しながら、洞窟の奥の方を恐る恐る覗き込む。
 洞窟の中には昨日のサンドワームはいねぇだろうな。
 腰にライトを括り付け、荷物を背負い、手にはお手製の銃剣を構える。格好は冒険者っぽい感じでも、俺はただの一般人だからな。余計な魔物がいようものなら、それはもう過去に例が無い俺至上大事件になるぞ。

「洞窟を出たら、一番近い街で乗り物を調達するか」

 親父がいない以上、徒歩でインに向かう選択肢はあまりにも危険すぎるからな。
 車にしようかな、バイクにしようかな、そんなことを考えこの薄暗い状況の中気を紛らわす。
 足場の悪い中、慎重に歩を進め始めた。