1:俺とかつての学友 - 2/3

「この街を出て転職しようと思っているんだ。もっと色々自分の可能性を試してみたくてさ」

 他愛ない会話の中で、そいつは目をキラキラ輝かせながらそんなことを言ってきたのである。
 学生時代は一緒にチャランポランとしていた奴が、たった三年でそれなりの大人になっていたのだ。
 見た目は相変わらず尖っていてトゲトゲしいが、口から出てくるセリフは至極真っ当で立派なもんだ。時々電話で連絡は取っていたもの、実際にこうやって丸一日時間を取ってゆっくりと顔を合わせると、その成長ぶりに驚きを隠せない。

「へぇ、おまえも頑張ってるんだな。俺と馬鹿していたやつとは思えない」
「だろ? オレも将来のこと真面目に考えてるんだ。今でも毎日充実しているけど、もっとできる事があるんじゃないかと思ってね」

 学生時代は女あさりに精をだして、ひたすら馬鹿やっていたスケベ野郎が大したもんだぜ……なんて思いつつ、その横でおこぼれに与かっていた、いわゆる自分の黒歴史というやつも一緒に思い出してしまう。

「転職って言っても職自体は変えないけどね。ちょっと環境を変えてみようかなって」
「環境を変えてみるのは良いかもしれないな」
「今の環境に不満が有るわけじゃ無いんだけど……こう、もっと自分の選択肢を、自分自身で増やしていきたいんだ」

 なるほどな。こいつの言いたいことは何となく理解できる。人間、不満が無くて順調な時ほど、刺激が欲しくなったりするもんだからな。
 彼は一息つくようにティーカップに口を付けると、悪戯っぽい笑みを浮かべてさらに続ける。口元の牙型のピアスがチラリと覗いた。

「おまえは? ぬいぐるみ好きは相変わらず?」
「と、突然どんな質問だ!?」
「あはは、その様子じゃあ、部屋のぬいぐるみが増えてそうだね」

 突如思いも寄らぬ話題を振られて、思わず声を荒げてしまった。

「ぬいぐるみは俺の癒しなんだよ! 仕事で疲れ切った心をだなぁ」
「気持ちは分かるよ、毎日忙しいから癒しが欲しいよね。その分だと、おまえも変わらずバタバタが続きそうだね」

 ウンウンと頷きながら、理解を示してくる。

「うん。今日は久々に直接顔を見られて良かったよ。電話で話してるだけじゃ分からないことも多いから」
「まぁな。あ~、また明日から仕事かぁー。もっとゆっくりしたかったな」

 学生時代は、学校が終わった後どこに遊びに行こうか、隣のクラスに可愛い子がいるだの、そんな話ばっかりだったのに。
 自然と会話の内容に現実的な事が増えてしまい、もう昔とは違うことを突きつけられ物寂しい気持ちになった。

「またしばらく会えなくなるけど元気でな。落ち着いたら連絡するからさ。久々に会えて楽しかったよ、チクワ」
「ああ、こっちからも時々連絡するわ」

 普通に笑顔で頷きつつも、ふと何となく気押されるような今までとは違う居心地の悪さを感じていた。学生時代からの付き合いなのに、言葉にできない妙な感覚だ。
 そう、理由は簡単だ。

 こいつのバイタリティ溢れる生き生きした姿を見てしまい、自分の中でちょっとした疑問と焦りが生まれていたのだ。
 あれ、自分はこのままでいいんだろうか――と。

 そもそも俺に鉄砲鍛冶屋以外の選択肢はないのだろうか。何の疑いもなく家業を継ぐコースに乗っかってきた形になっているわけだが――。

 俺達は店を出ると別れ際の挨拶をもう一度交わした。
 学校を卒業してしまえば生活環境なんて人それぞれガラリと変わるし、懐かしい思い出が蘇った分、やっぱり別れ際は少し寂しい気持ちになるものである。
 俺は街中の賑やかな人混みを通り抜け、釈然としない気持ちを土産に夕焼け空を仰ぎながら帰路へと着いた。