2:俺と親父 - 1/3

 そんな訳で、チクワ・ニィル・ヴォンゴーレ、二十歳。
 所持金幾許かを握り、ぬくぬくした日々から強制的に荒地へと放り出されたところである。しかも、放り出した張本人の親父がセットという、この上なく意味が分からない状況だ。
 その受け入れ難い状況に頭を抱えつつ、周囲をグルリと見渡す。地図を片手に先陣を突っ切る親父の姿は、恨めしいくらい頼もしく目に映る。

「相変わらず城塞都市の外は寂れた眺めだな。普通に生活してたら、外に出る機会なんて滅多に無いからなぁ……」

 荒地、というのは少し大げさかもしれないが。それでも俺達が住む城塞都市の外に一歩出れば、そこからは人の手がろくに入っていない荒れた土地が広がっているのである。
 元気の無い項垂れた木々に、申し訳程度にピョロっと雑草が生えた地面。そこを撫でるように生暖かい風が吹き荒れ、銀色の砂埃が巻き上がる。

 もう少し行けば要所要所に小さい街はあっても、そこに辿り着くまではこの風景が続いているわけだ。
 目の前に広がる残念な風景に、口は禍の元という言葉を無表情で噛みしめるしかない。

 世界の南の方に位置するここは、アウト大陸という。
 大陸全体的に土地が痩せているし、地元の城塞都市から出てしまえばこんな状態で、正直、景観的にも美しいという表現が程遠い場所だ。
 では何故、そんなどうしようも無い土地に大きな城塞都市が築き上げられたのか。
 それは、ここ一帯に《召喚声歯車コーラーギア》と呼ばれるお宝が豊富に眠っているからであった。
 
 《召喚声歯車》が何たるかと言うと、鉄砲鍛冶を始めとした、鍛冶屋全般ご用達の鋼の名称である。
 一般的な鋼とは成分が異なるので、正確には鋼とは少し異なるのだが。それでも鍛冶の加工材料として使用する手前、便宜上「鋼」と表現しそれと同等の位置付けとしている。

 見た目は赤黒くその表面はザラザラしており、叩くとまさに金属と言わんばかりのキンキンした高い音が鳴るのが特徴だ。そして、雨上がりの濡れた土や木を想像させる自然の香りがする。
 加工に適した適度な重さと硬さ、そして抜群の強度を兼ね備えたこの鋼は、発電などをはじめとする、俺たちの生活を支える平歯車への加工材料をメインとして使われてきた。
 物を作るに当たって、頑丈さというのはとても重要なことなのだ。
 だから、これを採掘するために人々が集まり、いつしかその場所に堅固な城塞都市が築き上げられたのである。

「おいチクワ! 風が出てきて視界が悪くなってきている。今のうちに、どこか明け方まで凌げる場所を探すぞー」

 ザザザザ……ッ!
 不意を打つように突風が吹き上げ、俺達のローブを奪おうとする。俺はローブの前紐を抱え込み、フードを目深く被って、舞い上がった砂が目に入らぬよう片目で辺りを見渡した。

「あぁもう、家に帰りたい」

 そうさ、ここからだったら家に帰った方が良いんじゃないのか。大して進んでいないし、せめて日を改めて出直した方が良いのでは。
 少しでも涼しい時間帯に……そう考え夜遅くに家を発って二時間ほど経っただろうか。
 出発早々こんな突風が吹き荒れ始めるなんて聞いてねぇ。そもそも、何でこんな予定外の事になってしまったのか。

「俺は一言も家を出たいなんて言ってないのに」
「馬鹿野郎! 早速弱音吐いてんじゃねーぞ!」

 当然一番の予定外っていうのは、他でもないこの親父である。

 普通は冒険だの家を出るだの、そういう時って美女と出会うとかイケメンの相棒とかだな……とにかく、この歳になって長旅に親父がついてくるなんてありえねぇ。
 俺が女なら過保護とかそういう形でもまだ説明がついたかもしれない。だが俺は成人した男だぞ?
 この親父様は単に鍛冶仕事の気分転換をしたいから、俺を適当な口実にして旅行気分でこんなこと言ってきたに違いない。偉そうな能書きを垂れていやがったが、結局男なんて何歳になってもカッコつけたがりの鉄砲玉じゃねぇか。

「親父! 一体何処に向かうつもりなんだ? アホみたいに先陣切るから、ホイホイ後ろを付いて行くしかないだろ!」
「ひとまずインの方に向かおうと思う。しばらく行っていないし、アウトとは随分環境も違うから何かしら見つかるだろうよ」
「イン?」

 イン大陸。
 地図で言う北の方に広がる大陸である。
 ここアウト大陸の末端が囲うような形で存在している大陸で、そこには豊富な作物と水資源に恵まれた水上都市群が広がっている。
 俺達アウトの人間は、自給自足しきれない食料や生活資源をインから調達し、代わりに《召喚声歯車》を提供する。インはそんな交易が行われている、言わば俺達の生活には欠かせない重要度の高い場所だった。

 それでも自分達が知っているインという場所はテレビやニュースで流れている情報のイメージが強く、どちらかと言うと、実際にその地を踏んだ事がある人間の方が少ないのではないだろうか。商人や役人、そういった特定の職業の人間で無い限りは関わりは希薄に思える。
 何故なら、俺達アウトの人間の大多数が居住している城塞都市は、人口百万人の大都会だからだ。
 勿論インが別大陸ということもあるが、旅行にしろ何にしろ、アウトの人間はアウトの中で、おおよそ馬鹿でかい城塞都市の中で不自由なく完結するというのがごく自然な光景だ。
 大多数の人間は、自分の生活を支える場所にも拘わらず、海の向こうに広がる世界のことには、言うほど興味が無いのである。

「なんだよ、随分遠いところじゃねぇか。そこら辺の街にお使い気分でフラッと足を運ぶだけだと思ってたぜ」
「アウトからインまでは、おおよそ千キロくらいで、徒歩で一ヶ月半程かかるからな。途中の街で食料や水の調達をしたり、船に乗ることも考えると、二ヶ月近くは移動にかかると思う」
「えっ! 船に乗るまでは、ずっと徒歩で行くのか!?」
「徒歩だ。徒歩じゃなきゃ意味が無いだろう?」

 いや、意味が分からないのだが……。

「言っただろう、物事を見て回ってほしいって。今回の趣旨を忘れるんじゃないぞ」

 そんなこと言われてもな……今時乗り物だって色々選択肢があるだろうに、そこをあえて徒歩で行くとは。車を使えば、チンタラ走って途中街に寄ったりしたとしても、船着き場まで一週間もあれば余裕で着くだろ。
 随分と軽装備で出てきたもんだから、てっきり途中の街で乗り物調達して、自分はその助手席で弁当でも食べながら移動するのかと思ってたぜ。単純に徒歩だから動きやすく、物資は途中で都度補給するって意味かよ。

 前途多難過ぎて目眩がしてきた。
 でもこの親父は昔から言い出したら聞かないし、どう転んでもこの状況では観念するしかないのである。

「そうかよ……ここまで来たらもう何でもいいわ。とりあえずインを目指すってことで……」

 内心ガックリとうなだれ、力なく了解の返事を返すのが精一杯だった。
 急いでいないとはいえ、徒歩だとなかなかの距離である。しかもずっと親父と一緒だろ? プライバシーもへったくれも無い。
 冷ややかな視線を親父に投げかけながらも、これ以上言い返しても状況が変わるとも思えなかったので口をつぐむ。

 あー……百歩譲ってポジティブに受け取るならば――俺達が作る銃は《召喚声歯車》を材料にしているということもあり、親父はその関係で何度かインに行っている。
 つまり、そんな親父がインに行こうと言っているのだから、俺が普段触れない鍛冶の技術諸々もあるという解釈をしても良いかもしれない。
 ニコニコ上機嫌な親父を尻目に、俺は大きなため息をついた。
 うーん。ま、美味い食べ物だって沢山あるかもしれないな。美味いもの食いながらだったら、鍛冶仕事にも精が出るってもんだ。こうなったら少しでも前向きに考えるか。
 って、あれ。俺って結局は鍛冶の話に行き着いてるじゃねぇか! 何だかんだ言いつつ、鍛冶って俺にとっての天職なのかも……。

「どうした。やる気が出てきたか?」
「そういう訳じゃねぇけどよ」

 この状況でやる気が出るわけねぇだろ、クソが。

「日頃の運動不足解消にはもってこいだろ。いい機会じゃないか、歩け歩け!」
「そうだな、歩くわ俺……はは」
「おう。でも、今夜はあの洞窟でキャンプするぞ。ちょうど良さそうな場所だろう。こうも風が出てきたら進みにくいからな」

 親父の声に前方を注意深く見ると、砂埃の向こうの方に洞窟の入り口がうっすら見え――。
ダァン!

「こういう魔物もうろついているしな!」

 親父は腰にぶら下げていたお手製の銃を電光石火の勢いで引き抜くと、俺の後ろの方目がけてぶっ放した。
 閑かな闇夜を切り裂くように、大きな銃声が響き渡る。
 突然のことに小さい悲鳴を上げて後ろを振り返ると、無残に飛び散ったサンドワームの残骸が四方八方にグチャグチャに飛び散って――普段の生活で見ることは無いエグい光景が広がっていた。

「……っ」
「この程度の魔物なら放っといても害は無いが。それでも、寝ている間に尻に噛みつかれたりしたら堪ったもんじゃないからな」

 俺はゴクリと生唾を飲み込みながら、数歩後ずさりしてしまう。城塞都市の外はこういった意味でも人の手が入っていない無法地帯なのである。
 この辺りは特別危険性の高い魔物がいるわけでは無い。それでもやっぱり巨大芋虫に免疫があるわけじゃねぇからな。普通に街の中で生活してたら、魔物なんて縁が無い奴らだし……。

「ほれ、適当に木を拾っていくぞ」
「お、おう……」

 サンドワームの残骸にドキドキしつつ、歯切れ悪く返事をする。

「なんだ、おまえ芋虫にビビってんのか?」
「違う! 突然銃口を向けられたら、そりゃあ誰だってビビるだろうが!」
「そんなん、新聞丸めて叩き潰してもいいくらいだ。次同じのが出たら、おまえがやれよ」
「どうやったら一メートル近い芋虫を新聞で叩き潰せるんだよ!? 怖すぎるだろうが!」

 何一つ動じない親父である。
 何やら親父は若い頃、一時期、傭兵として王宮に務めていたらしい。これは母親からコッソリ聞いた話で、いつも鍛冶業一筋みたいな事を言っている親父本人の話とはだいぶ異なる。
 とは言っても、特に突っ込むところでは無いし、鉄砲鍛冶業を営んで行くにあたって、俺に示しをつけたかったからの発言なのだろう。親父は体格も良いし腕っ節も強いし、傭兵は稼ぎも悪くないからな。
 ただ、何故そんな条件の良い傭兵から鉄砲鍛冶の道に進んで先々代……つまり俺の爺さんの後を継ぐ事にしたのかは分からないが。

 俺はあれこれ思考しながらも、何食わぬ顔で風が強さを増す中、手際良く薪になりそうなクヌギの木の枝をサッサとかき集める。
 そんな中チラッと横目で見やった親父からは、月明かりのせいもあって、年甲斐無いギラつきのようなものを感じたのであった。