1:俺とかつての学友 - 3/3

「それじゃオマエ、何かやりたい事でもあるわけ?」

 そんな先程の話をそのまま投げてみたところ、コークスで起こした燃え盛る炎の中で、鋼をじっくり熱しながら俺の親父は答えた。
 我が家は平屋で玄関がそのままに鍛冶作業場として開けており、その奥が居住スペースとなっている。
 なので玄関をくぐると、だいたい仕事中の親父がその場にいるのだが。
 薄暗くジットリとした熱気に満ち、埃っぽい散らかった作業場の中で、コークスの限りなく白に近い黄色い炎に照らされた親父の顔は鬼気迫るものがあった。
 筋骨隆々で逞しい一方、最近ハゲ上がってきた前髪が気になっているらしい。銀髪の生え際を隠すように刈り込み、微妙な角度でゴーグルを付けた、鋭い目つきの絵に描いたような鍛冶屋のオッサン。
 銀髪朱眼と褐色肌の共通点以外は、どっからどう見ても俺の親父とは思えない風貌である。

「おまえなりの将来設計図があるんなら、言ってみろ。別に後を継がんでもいい。でもせめて俺を納得させてくれんと」
「いや、それが特に無いんだわ。別に鉄砲鍛冶業や後を継ぐのが嫌って訳でもないし」
「チクワ、二十歳になってそれはねぇだろうよ。今の状況に不満がなくても、何かしら具体的にやってみたいことや目標のひとつくらいあるだろう?」

 親父が苦虫を噛み潰したような表情で、ため息をつく。

「じゃあなんだよ、親父は俺くらいの歳には……その、なんだ? 人生設計図みたいなもんがあったのかよ」
「んなモンない。自分は最初から鍛冶屋を継いで、ひたすら技術を磨く事しか考えてなかったからな!」

 この親父、言ってることが矛盾してるぞ!

「父ちゃんは父ちゃんだ。おまえはどうなんだって話だ」

 鋼同士を繊細なタイミングで接着し、かざすように持ち上げ目を細めながら親父は続ける。何気なく当たり前のように作業しているが、ここの絶妙なタイミングこそが職人技というものだ。

「おまえはなぁ、チクワ。何でもそつなくこなすくせに、そこに説得力が無いんだ。今まで何かに心から打ちこんだ事があるか? 行動で周りや自分自身を納得させたことはあるか?」
「……」

 いかん、これは長くなるぞ――。
 余計な話題を振ってしまった! と、親父の説教臭い話に全力で後悔し始めた。

「いやいや、当たり障りなく何でもそつなくこなすのも才能のひとつだろ? つまり、俺って色々な可能性を秘めているってことで……」

 言葉通り当たり障りのない返事を返したのに、そこから親父の話はそれを遮る勢いで続く。

「そう。だからこそ、もっと物事を見て回って人生設計をしてほしいんだ。父ちゃんは鍛冶しかできる事がなかった。でも、おまえには自分自身でも言ってるように可能性が沢山ある」
「はぁ」
「学校卒業してから本格的に鍛冶のノウハウを叩き込んできたが、覚えが早すぎて俺が面白くない。これは大きな誤算だと思う」
「はぁ?」
「なぁ、家を出てみないか? これからの時期しばらく仕事も落ち着くし、むしろ出ていけや。もっと広い世界を見てこい」
「ええぇ……」

 普段から何考えているのかよく分からない親父だったが、突然何言ってんだ!?
 何気なく話題を振っただけなのに、突然の出ていけ宣告である。俺は思わず変な唸り声を上げて、そのままひっくり返りそうになってしまった。

「安心しろ、別におまえひとりを無一文で放り出そうって話じゃねぇぞ」

 親父は久々に満面の笑みを見せ、既に決まったことのように更に耳を疑うような話を続けた。

「父ちゃんも一緒に行ったるわ!」

 親父のこの一言で、この先の順風満帆だったはずの人生がブっ飛んだのである。