2:俺と親父 - 2/3

「親父。今回の件、母さんにどう説明したんだよ? まさか電話一本で納得したのか?」
「ああ、電話一本で納得済みだ」

 電話一本でってピザ屋じゃねぇんだぞ! 母親として突っ込みどころは無かったのかと。
 
 ――洞窟の少し奥まった場所。
 俺と親父はゴツゴツとした険しい岩肌に囲まれながら、集めたクヌギの木を燃やして暖を取っていた。洞窟の中は空気が動かないので、少し肌寒く感じるくらいだ。 
 普段の生活ではこんなシーンは全く無い。非日常なこの瞬間を俺は複雑な気分で噛みしめる。焚き火を囲み、ユラユラ揺れるその炎の前で地図を眺めていると、日常生活がとても遠いもののように感じる。
 
 俺の家の話を少ししておくと、母親は王宮に医務官として勤めている。
 連絡自体はマメにとってはいた。でも、職業柄忙しい事もあり家には半月に一回ほどしか帰ってこない。
 なので、基本的に家のことは俺と親父が仕切ってるし、常に母親が家にいないのが当たり前だった。そのおかげという言い方もおかしいが、親父は俺に対して積極的にコミュニケーションを取って来るし、何だかんだ言いつつ俺もそれに応えるという図ができていたのである。

「チクワとしばらく遠出しようと思ってるって話したら、お土産よろしく~だとよ。相変わらずさ」
「いつも通りの軽いノリだな」

 にっこりしながら、お土産のリクエストをする母親の顔が思い浮かぶ。

「ついでに何ちゃら? っていう本を買ってきてほしいって言われたわ」
「本?」
「医療関係の本だ」
「母さんらしいなぁ。仕事熱心だ」

 人体組織学メカニクス。
 親父がポケットから出して渡してきたメモにはそう書かれていた。よく分からんが、とりあえず難しそうな医学書だ。タイトルからして俺には一生縁が無さそうだった。
 うちの母親は決して俺たち家族を蔑ろにしているわけではないし、親父以上に仕事に拘りを持って向かう姿は鬼気迫るものがある。ノリは軽くても、行動の中身は重いのだ。

 仕事熱心な親父は、たぶんそんな母親の姿に惚れたんだと思う。じゃなきゃ、自分の嫁が常に家を空けっぱなしで、ここまでアッケラカンとはしていられないだろう。
 俺もガキの頃は特に母親を恋しく思ったもんだが、寂しいと感じたことは無かった。両親の関係を見ていると、息子なりに何となく我が家の在り方というものに対して納得ができていたからだ。

「なるほどな、それでインに行くっていうわけか」
「向こうには貴重な書物も多くあるからな。知識は財産って言うだろう」

 この親父が知識とか言ってもなぁ……と、喉まで出掛かった言葉を飲み込む。余計なことは言わない方が良いと、身をもって学んだばかりだからな。

「……。……なぁ。おまえ、彼女はいないのか?」
「はぁ!? いねぇよ、突然何を言うかと思えば」

 不意に、この上ない含み笑いと期待するような表情で親父が聞いてくる。
 何を言い出すかと思えば、まったくもって突然の大迷惑な質問である。

「いやな、突然こうやって街から出てきたから、もし彼女がいるんだったら……」
「どんな心配だ! 浮ついたこともなく、やってきただろうこの三年間」
「ホントかぁ? おまえ、そう見えて結構女好きだろーが」

 親父が疑うように目を細めて見やってくる。

「学生時代に付き合ってたヤツと別れてから、ずっと鍛冶様が恋人だっつーの」
「それは初耳だな。別れたのか」
「出会いがあれば、別れもあるもんなの」
「おまえはそんな軽い気持ちで女と付き合うのか?」
「付き合うくらいだから軽い気持ちじゃないだろ」
「同じクラスの子か?」
「ああもう面倒臭ぇ! 俺は寝る!」

 なんて、しつこいんだ。
 本日は閉店ですと言わんばかりに、わざとらしく上着のローブの猫耳部分を抑えながら地べたに丸まる。俺に女がいようがいまいが、どこで何をしようが、いつ何時別れようが親父には関係無いだろうが。
 第一、今の生活じゃ出会いが無いっての。あと自分は女好きじゃ無い。
 ま、嫌いでも無いが。

「親だったら子どもの事が気になって当然だぞ? そもそもおまえは」
「閉店だ、閉店。俺は何も聞こえていない! また明日来やがれ、これ以上来たらしつこい迷惑な客だ」

 親父がいつもの説教臭い話を始めようとしたので、無理矢理言葉を被せて終わりにさせる。
 気にかけてくれるのは有難い事だとは理解している。それでも、息子の立場から言うと親だからこそ立ち入って欲しくない領域というものがあるのだ。俺は親父の分身みたいなものでも、所有物ではないからな。
 そもそも自分の事はあまり話したがらないくせに、人のことはあれこれ聞きたがるなんて図々しいにも程がある。これがコミュニケーションと言うのならば、ただのプライバシー侵害の迷惑行為だぞ、クソ親父め。

 俺は荷物を引き寄せ枕代わりにすると、ブツクサ何か言う親父を無視してそのまま目を閉じた。寝心地は最悪でも、親父の話に付き合うよりマシってもんだ。

 ああ、これからどうなるんだろう。
 期待半分、いや。期待より正直不安の方が大きいような。こうなったからには、何か満足いく収穫でもあれば良いんだがな。
 そんなことを考えながら、うつらうつらと微睡み、眠りに引き込まれていったのだった。